昨日から腰痛のため自宅にて静かにしていますが、昨日はひたすら眠ったこともあり今日は退屈を紛らわせるために寝室にパソをもちこんでCDに放り込んでいる写真を少し整理いたしております。
CDの表書きは殆どが大雑把に○年○月○県だとか、○○地方というだけの記述ですが、開いて見ますと記憶がよみがえってきます。
だいたいは山歩きですとか、神社仏閣や集落の裏街道に残る建物・石造物や墓地、大きな樹や大きな川、そして庭園をみるのが中心で、車をつかうことがほとんどであります。そしてなぜか地図で峠とあれば超えて見たくなる性癖がありますから計画はいつも大雑把で、子供の頃から親によく「鉄砲玉」といわれたころとさほど変わっていないようです。
今年、静岡市から浜松市、そして圧倒たる厚みある水量をもつ大好きな天竜川にそって北上し、暗い山道、雷と豪雨に濡れて長野県飯田市にたどり着き田んぼの脇に車を停めて眠り、清内路峠を越えて木曽そして塩尻市を抜け、諏訪の町、山梨をこえて神奈川に戻ったことがありました。
20年ぶりに訪ねた古木に巨木。何度目かの庭園。やっと見つけた石造物。そんな写真を整理しました。
・・・・・・・・・・
長野県飯田市近郊・天竜川そばの小高い山腹に張り付いた集落内にある石室と五輪塔。
近くにある文永寺が管理しているとのことで、文永寺の石室・五輪塔と云われ保護されている。
鎌倉時代後期の銘があり石室の高さ180センチ余、五輪塔は高さ160センチ余、五輪塔の水輪はやや押しつぶされたような球形。風・空輪がやや大きめにも見える。
それでもフォルムは中世の気品をもち大変美しい。


清内路峠をこえるのは久しぶりで、国道から山道に入り込んで美しく枝をのばした小黒川のミズナラを久しぶりに見てきました。元気そうでありました。

木曽福島にでて塩尻市までの道すがら漆器のまちに立ち寄って漆器を買い、街道沿いの巨木を2本ほど数年ぶりに見上げてきました。
そのうちの一本。
木曽義仲ゆかりのものと言われるケヤキです。

以前から雷にやられていたのに加え幹線道路も近く傷みが進んでいるようにも見えます。
諏訪湖畔で20年ぶりに「万冶の石仏」に立ち寄り、湖畔山腹の寺院で庭園や石造品を見た後、山梨市に入ったのは夕方早い時間でした。
盆地の急斜面に張り付いたぶどう園や桃園に囲まれた集落の中の寺院庭園を見、最奥の古刹の墓地を訪ねたあと、地元で首地蔵と呼ばれる地蔵を探します。
地下足袋をはいた方に尋ねましたら、付いておいで、といって車を山間部にむかって上がっていきました。

薄暗くなり始めた山間部の小さな集落の道沿いに置かれていた・というより、天から降ってきた岩に首を載せたような地蔵さんで、諏訪の万治の石仏を思い出させるものでした。
・・・・・・・・・・・・・・
夕方になって腰の具合が幾分らくになったようです。朝に比べて楽になってきたような気がします。
kotan(09/24)
MONK(03/31)
宮原(03/30)
MONK(03/10)
都波 心流(03/09)
MONK(12/13)
monk(12/09)
MONK(11/20)
ruri(11/20)
ruri(11/19)
(09/27)
ruri(09/25)
MONK(07/16)
ruri(07/15)
MONK(07/10)