さて・・先日訪ねた鎌倉の古刹・建長寺の庭園です。





建長寺を訪れたのは久しぶりでしたが、この庭園は案内板にあるとおり数年前に改修されたものです。
以前より何度か建長寺庭園を訪れておりましたが、以前は木々に囲まれた庭園で、ツツジなどの木々が地割を覆うほどに繁っておりました。
今回の改修は以前の地割をそのまま残し、繁りすぎた庭木を撤去し、土留めのために芝生を張ったということなのでしょうか。
そもそもそれまであった建長寺の庭園は江戸時代に改修された庭園といわれていましたが、案内板の文言からは少なくとも池は大覚禅師によるものだと受け取れます。
大覚禅師というのは蘭渓道隆のことです。時代は鎌倉時代ということになります。
池の曲線などはなかなか優雅な線で、築山も穏やかな線と起伏からなっています。
蘭渓道隆というと、山梨県甲府市の東光寺庭園を思い浮かべます。
建長寺開山後幾度か甲府に滞留し、そのとき東光寺の庭園を造ったといわれていますが、その東光寺本堂裏庭園は山の斜面に龍門漠の枯れ岩滝組をもつ池泉観賞式の素晴らしい庭園です。
いま判っているところでは、東光寺の龍門漠が、残っている国内最古のものといわれています。
その後、西芳寺、天龍寺など全国に龍門漠をもつ庭園が造られるようになったわけです。
建長寺の池の護岸は柔らかな線をもったものだと思いますが、ただ池に土が流入するのを防ぐことを目的にしたようなものに見え、東光寺にあるような美意識が散りばめられた優雅さを秘めた剛健な護岸石組みとはまるで違うものであります。
甲府の東光寺の穏やかな山畔に多数の石を駆使して中国故事をテーマした龍門漠をもつ庭園を組み上げた蘭渓道隆が建長寺開山の際にこうした穏やかな築山と池をもつ庭園を組んだのだろうか・・・。
そんなことを思って思わず首を捻ってしまいました。
今回の改修工事で建てられたという建物の脇に組まれた石積みはくずれ積みですが、これは明らかに今回新しく組まれたもので、粗悪なものではないのですが、この庭園の歴史をまったく無視したものといえると思ってしまいます。
その石積み左側に平石を使ったかのような小規模な流れ石組みのようなものがありますが、これなども以前からあったものなのか・?・などと思ってしまいました。
さりとて、この建長寺庭園は目の前にある庭園をただ観賞しようとする時には、古典的な優雅さを感じさせる庭園といえると思います。
開山当時からある蘭渓道隆作の庭と説明版にて明記し、しかも国の名勝指定を受けているのですから、庭園の歴史に少しは興味を持つ私としては、改修工事の内容ですとか、根拠を知りたく思うのです。
ともあれ、さしたる根拠なく遠州作や疎石作と言われる庭があちこちに存在し、そうした名が暗示されると有り難がる風潮がありますから、綺麗に整備されたこの建長寺庭園をみて、首を捻るというのも私くらいなのかもしれません。
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